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2016-07-30-Sat-11:13

【 学ぶ 】 ひとり遠足。塩尻。7月23-24日。

足助のお友達(と勝手に私が言っています)、長野県は塩尻に、山田崇さんに会いに行ってきました。

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松本市、塩尻市、岡谷市と境を接している標高1929mの鉢伏山

三河湾の塩を信州に運ぶ際、足助以降は山道になるため
足助で、塩を馬の背中に積めるほどの大きさの俵に詰め替える作業をしたと言われています。

足助で塩を詰め替え、信州に運ぶ、その目的地が塩尻。
こうして、諸説あるのですが、塩尻と足助は「塩の道(三州街道)」のゴールとスタートだと言われます。

いろいろキャッチーなコピーで紹介されることが多い山田さん。
たくさん記事がありますが、コチラを。塩尻耕人 - 山田崇の耕し方 -

これまで2回ほどお仕事でご一緒させて頂く機会があったご縁。
そのご縁で、今回時間を作ってくださった山田さんに感謝です。

23日は小田原からの視察チームに混ぜてもらい、また夜はnanodaのカレーイベントにも参加したり
「場づくり」と「まちづくり」を考える貴重な時間でした。

24日は山田さんにお付き合い頂き、塩尻市内から車で30~40分ほどの1929m鉢伏山をハイキング。
(山頂付近までは車でGO)

鉢伏山荘のオーナーと素敵な出逢いがあったり
貸し切り状態の雄大な自然に包まれて
とても静かだけれど
おひるごはんを食べるのを忘れたほど、不思議な刺激のある時間でした。

「負債感からのスタート」

ハイキング気分で行ったら、意外にハードだった”山登り”の中で出てきた言葉なのですが

独特な言い回しですが
お世話になった、かわいがってもらった、恵まれたという実感からのスタート。
その恩を返していくのが原動力だったりしてとか。

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あかり.netの話、考えている企画、足助への想い、いろいろ聴いてもらったんだけど
山登り中の山田さんの言葉の節々の方が残っています。

塩尻市職員の山田崇さん
計画と実践で生まれやすいタイムロスが山田さんの回りで少ないのは
瞬発力と調整力があるからなのだなぁと思いました。
そして取り組みを「政策」として継続させる、仕組化させる
全国でも数少ない地域仕掛け人のプロですが

今の私は、その方法もしかりなのですが、どちらかというと
想いや山田さんご自身の働き方に触れさせて頂けたらと思っていたので
とても貴重な時間でした。

調整力って、やっぱり信頼関係がなくてはなくて
顔の見える範囲からの仕事づくり、まちづくり、仲間づくり。
すごいなぁと思いました。

塩尻はいいところ
じゃなくて
塩尻は、面白い人がたくさんいるところ

やっぱり人なんだと実感した2日間でした。

学ばせてもらうばっかり。。。。

次の記事で、塩尻で出逢った、かっこいいシェフを。
作っているのは美味しい料理だけじゃない、”まち”も作るシェフ。
しびれました。
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2014-06-04-Wed-23:05

【 学ぶ 】 人に歴史あり〜足助の90歳のおじいさん〜

大学生の時、「生活者の社会参加」という授業を受けました。
非常に自由な授業で
「とにかく大学を飛び出して、町の人と一緒に何かしてきなさい。」
ということだけ言われたと記憶しています。

授業内でプレゼンテーションをして、4つのテーマでグループを作り、半期間一緒にキャンパスのあった湘南台という町で活動をし、授業の最終日に発表をしました。

当時、私は「もうすぐ、戦争の話がリアルに聞けなくなる」とひとりであせっていたので、戦争の話を町のおじいさん・おばあさんに聞きたい一心でプレゼンをしたところ、4つに残り、仲間と活動することができました。知り合いに知り合いを紹介してもらったり、話を聞く会を企画したり、具体的に何をしたかはずいぶん忘れてしまったところもあるのですが、聞いたおじいさんの表情や話の内容はよく覚えています。

先日の90歳のおじいさんの戦争の話は、私にとっては思ってもみない貴重な時間だったわけです。
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戦争中に魚雷を積んだ船に乗って、沖縄→台湾→朝鮮→上海と点々としたそうです。朝鮮で朝目が覚めたら魚雷がすべて降ろされていて、代わりに砂糖の袋が山積みになっていたこと、まもなく終戦を迎え、名古屋駅で一面何もない街を見て愕然とし、とにかく東山まで歩き、焼け野原に一軒だけ残っていた商店で泊まらせてもらい、翌朝、バスで足助に帰ったこと。そのとき、GHQに見つからないように持ち帰った砂糖をお礼にあげたらめちゃくちゃ喜ばれたこと。足助では、『行方不明』とされていただけあって、みんなに驚かれたことなど非常に興味深い話をしてくれました。

15才で赤札が来て、足助八幡宮でみんなに万歳と祝ってもらい出兵した話は、お祭りで足助八幡宮まで山車を曳いた私はなんとも言葉にならない複雑な気持ちになりましたが、とても貴重な話が聞けておもしろかったです。

子どものころ、よく金物屋さんで遊んでいたそうです。
おじいさんのいう「子どもの頃」の年齢によっては、金物屋さんの築年数、もっと伸びるかも。



2014-05-25-Sun-18:21

【 学ぶ 】 よろずや 村田屋半兵衛

営業日は 土 日 祝の朝から日が落ちるまで。


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中庭は、すべてご主人のDIY。水は、台所にあった井戸からひいていて、井戸を枯らさない工夫をしています。
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また、金物屋さんでも悪戦苦闘中の中庭排水にも、この通りスマートに対応済み。
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2Fの柱や梁は、すべてご主人が電動サンダーで磨いたというから驚きです。
改修のご苦労はきっと多々あったのだと思いますが
小さな頃から住んできた家が、自分のアイデアと行動で美しくそして住みやすく変わっていく過程はとても楽しかったのだろうなと思いました。
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2014-05-25-Sun-18:04

【 学ぶ 】 築200年の町家

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話は遡ること、5月のGW。

メンバーさくさくさんが体験しに行く!と教えてくれた大阪・堺の長屋改修ボランティアに急きょ、junpayさん、Atsuroさん、私もおじゃまさせてもらいました。

道中、足助より20数年前に重要伝統的建造物郡保存地区に指定されている三重県、関宿にふらりと立ち寄り、町並み保存の社会科見学をしてきました。

町並みを実際に歩いて町の雰囲気を体験できたら十分と思っていたのですが
出逢いに恵まれ、骨董品と日本の古い器を売っている村田屋のご自宅を見せて頂けることになりました。

初めは、我らの憧れ”箱階段”をちょこっと見せて頂くはずが
私たちの活動を知った親切なご主人が、家の中ほぼ全てを改修の解説付きで案内してくれたのです。
築200年の村田屋。
内装は細部まで、ご主人がこだわっています。
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次の記事で村田屋さんをご紹介。



2014-04-11-Fri-23:55

【 学ぶ 】 足助 春祭り

明日から2日間、足助は春祭り。
昨年の秋祭りからのご縁で、春祭りの山車曵きでも
本町の綱をひかせて頂けることになりました♩

今日は、本町のお囃子の稽古納めで見学させて頂きました。
学校帰りの高校生、足助小学校のジャージを着た小さな女の子たち
お囃子の練習のみなさん。祭り春
祭り春2
小さな女の子たちも8時過ぎまで集中して練習している姿を見て、改めてお祭りの伝統ってすごいなぁと思いました。

こちらの写真は、1週間前の山車組みの様子。
山車組み
山車組2

秋祭りで出役をされていた「若い衆」のみなさんが
金物屋さんの前の駐車場で、女の子たちが乗る山車組みをしていました。
そして、明日はみなさんが山車の梃子をするというのが春祭りの伝統ということです。

今日のお囃子の練習で感じたことは
女の子って、何歳でも男の子には強い。
みんなが「姫」に見えました♩

明日、綱を引きながら、山車の上の姫達を見上げるのがとても楽しみになりました。
どんな顔をしてるんだろう。



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